新鮮であることの大切さ

2018年3月2日

今日は、稲城のお友達に会いに行くのに、車で行くつもりが、

出かける間際になって、鍵が見つからず(T_T)

予定変更して、電車で向かいました。

でも、『人間万事塞翁が馬』とは、まさにこの事。

ひとしきりお喋りしたあと、駅まで送って貰う途中、稲城に住んでいるそのお友達がよく利用しているという、

地元の農家さんが、採れたてお野菜を販売している、無人の野菜売り場にて、

まさに今朝採りたての、のらぼう菜と小松菜を手に入れる事が出来ました!

車だったら、駅まで送って貰う事もなかったので、これはとてもラッキーでした。

なんといっても、採れたての新鮮なお野菜には、

『新鮮さ!』という

栄養素がたっぷり含まれています。

ビタミンCやら、ビタミンKやら、

栄養学的な指標とされる成分でも、分析したら数値として測る事ができるものは、

例えば、瞬間冷凍したり、缶詰めで保存してしまえば、最近の技術は凄い進化してるそうなので、確かに数値上はそういった成分も保たれるのかもしれません。

 

でも、どんなに技術が進化発展しようとも、

『新鮮さ!』に含まれる成分は、なかなか保持は難しいと思われます。

 

ここでいう、『新鮮さ』とは、生の果物やお野菜に含まれる『酵素成分』とも違います。

 

アーユルヴェーダでは、「オージャス」とか、「プラーナ」と呼ばれるもので、鍼灸の世界だと、単純に「気」とか「精気エネルギー」と呼ばれたりしますかね。

 

「気」というと、目に見えないので、とたんに怪しい!と思われる方も多いかもしれませんが、

 

日本人は、おそらく「気」というものを、普段の暮らしの中で当たり前に感じているのではないでしょうか?

 

小学校や中学校の頃、必ずこんな会話しましたよねー。

『あなた、あの子に気があるんでしょう??」

ここでいう、『気』って、まさに目に見えないけど、見え見えだったりするからこそ、そんなひそひそ話がクラスのあちこちで囁かれますよね。

 

それ以外にも

『気のない返事』

『気に入った、気に入らない』

『気配を感じる』

とか、

『元気出してね!』『やる気出せ!』

とか、

『気のもちよう』

だとか、「気」というものが使われる日本語って、たくさんありますよね。

 

ですから、「気」って、目には見えなくても、怪しいものではないのではないでしょうか。

 

当たり前すぎて、わからなくなってしまっているのかもしれません。

 

話それましたが、新鮮なお野菜に含まれている「気」は、どんな「気」かと申しますと

まさに、この季節の「気」そのものですね。

よく「旬のものを食べましょう」と言われますが、

まさにこの季節、しかも、ここ最近の冬から春への変わり目で、気候変動が激しい中で育った、その季節そのものを生きて、育って、今朝収穫されたばかりの、そのお野菜には、

 

まさに、今の季節ならではの、「気」がたくさん含まれています。

 

それは、どんな栄養素よりも、私たちの今の身体に必要な栄養素なのです。

 

何かと先行き不透明なこの時代、将来を見通すのはなかなか難しいですよね。

 

これだけ変化の多い時代、過去のデータもあまり参考にならないですから。。

そんな今の時代は、過去にとらわれず、柔軟に、新しい時代や物事に対処していく能力がとても大切なのではないかと思うのです。

いつも新鮮でいること、そのときそのときの季節に順応するように、どんどん生まれ変わっていくことが大切なのではないでしょうか。

 

 

新しい情報を常に求めていくことも、もちろん大切だとは思うのですが、

その情報をキャッチするときの、自分のアンテナを、より新鮮で、感度のよいものにして置かないと、この玉石混交の情報化社会、確かな情報をキャッチするのはなかなか難しいと思うのです。

 

 

というわけで、

過去のデータが通用しない今の時代でも、その時代の波にうまくのっていきたい方、

「採れたてのお野菜」を毎日一品は食べる!

ということを、やってみるのはいかがでしょうか?