映画「すずめの戸締り」を見て思う。「内なる自然の叡智」と繋がっていくことの大切さ

2024年1月11日

新年早々、能登で大きな地震がありましたね

能登は、昨年から活動に関わっている出張森作り隊の活動拠点の1つでもあるので

グループのメッセンジャーで、いろいろ現地の現状や、今後森作り隊としてもできる限り応援した旨など、飛び交っている中、

 

本当にたまたまなのですが

映画「すずめの戸締まり」を実家で観ていました。

そして、映画のラストシーン

 

 

草太君の台詞

「人の心の重さが、その土地を鎮めてるんだ。それが消えて後ろ戸が開いてしまった場所が、きっとまだある」 「戸締まりしながら、東京に戻るよ」

の、言葉に、ハッとさせられました。

(もし、映画観ていない人がいたら、ネタバレでごめんなさい)

「人の心の重さが、その土地を鎮めている」それは本当にそうかもしれないと。

日本の各地で、森が荒れていて、誰が所有者かもわからなくなっている山や森がたくさんあって、放置されている。空き家が増えている
一方で、都市部ではどんどん開発が進み、人が集中する。

3年ぐらい前から、健やかで美しい森作りのお手伝いをしていて
昨年から「出張森づくり隊」の一員として活動のお手伝いさせてもらっていますが

 

森に入ると、なんとも気持ちも体もスッキリするし、何より日本の国土はどこも自然豊かで水に恵まれていて、本当に恵まれた土地だなと感じるのです。

なのに、なぜか人々の間には、不足感が蔓延している
こんなにも豊かで恵まれているのに、人々の心に蔓延している不足感はなんだろう??

とずっと思ってきましたが

 

でも、素人ながらに森に入ってみて、お手伝いさせてもらう中で見えてきたこと
それは、やり方を知らない。森の手入れの仕方、少し前までは森に入ることが当たり前で
特別やり方を教えてもらうまでもなく、自然と覚えていたそういう

自然と共に暮らしていた時代の知恵が、すっぽりと抜け落ちてしまっているということです。

それは、着物(和服)の世界でも、本当に同じで。

少し前までは(私の母が子供の頃)は、家で機織りをして
家で、当たり前に着物を縫って、それを着て毎日働いていたわけです。

でも、すっかり着ることがなくなり
着物といえば特別な衣装で、家にあったとしても
タンスの肥やし状態。

どう扱って良いかわからない。捨てることもままならない。。

同じといえば、私たちの身体のことに関しても
本当同じ状況かもしれません。

私たちの体の中には、本来自然治癒力が備わっていて
どんな病気もちゃんと対処できて、私たちをピンピンコロリへと導いてくれる力が
備わっていて、それは、何よりも安心でそして、確かな力なのですが

その自然治癒力を発揮させる方法を忘れてしまったばっかりに
いつも、漠然とした不安があり、認知症をむやみに恐れたり、健康食品に頼ったり

かといって、今ある健康な身体をちゃんと使う方法さえ
実際のところはわかっていない。。。

本当に、目の前にある確かなものを見失っている

少し前までは、どの家庭でも当たり前に
暮らしの中で受け継がれていたことが
急速にいろんな便利な暮らしが普及したことで
失われてしまった、そしてその知恵が忘れさられてしまった

ということなのかなと思います。

でも、その自然界の営みも、私たちの自然治癒力という叡智も

別に失われたわけではなく、その扱い方、付き合い方を
忘れてしまっているだけなので

それを、思い出せば、いつでもその内なる叡智、大自然と共生しながら生きる叡智を使うことができるはずで、そこに繋がる扉は逆にいつでも開かれるのを
待っているのかなと思いました。

後ろ戸が開いてしまった場所の戸締りは、草太くんに任せるとして
私たちは、私たちの中で開かれるのを待っている内なる扉を開けて、
内なる自然の叡智と繋がっていくこと

今年はぜひやっていきましょう。